マッチレビュー リバプールvsマンチェスター・シティ「欧州トップレベルの陣取り合戦」
夕日が沈むように、数年間プレミアリーグを席捲したマージーサイドの雄が苦しんでいる。ジョゼ・モウリーニョのチームが徐々に勢いを失うことに似ており、クロップの全力を求める姿勢が「選手の心身を疲弊させてしまっている」と持論を述べる識者もいれば、コロナ禍によるフィジカルコンディション管理の難しさとインテンシティの高いフットボールスタイルの関連性を指摘されることもある。
チームの軸となるセンターバックに怪我人が相次いでいることは確かで、世界最高のセンターバックとも称されるヴァン・ダイク、イングランド代表でも活躍するジョー・ゴメスの負傷に続き、ボールを持ち運ぶスキルに優れたジョエル・マティプも長期離脱を発表。盛者必衰という言葉もあるが、それ以上に不可避のトラブルに巻き込まれている感は否めない。中盤が本職の選手を急場凌ぎでセンターバックに起用してきたが、冬には新戦力を獲得するなど、穴埋めとしての補強も決断している。
苦境からの再浮上を目指すリバプールが、智将グアルディオラ率いるマンチェスター・シティと激突。デ・ブライネとセルヒオ・アグエロを欠いている状況でも「試行錯誤の末にサイドバックに新たな役割を与えた」彼らは、急速に復調しながら上位をキープしている。宿命のライバルとなった2人の指揮官が繰り広げた駆け引きは、今回も見所の多いゲームとなった。
●リバプールが示した「ボール保持」の意識。
前回の対戦では、ディオゴ・ジョッタとプレミア屈指の3トップを同時起用することで「4人のアタッカーを共存させる」という大胆なアプローチを選択したクロップは、今回も攻撃的な布陣に運命を託す。センターバックには怪我人の代役としてヘンダーソンとファビーニョが起用されたが、中盤にゲームを構築する選手を並べたのがクロップのメッセージだろう。
「チアゴ・アルカンタラとカーティス・ジョーンズがオランダ代表ワイナルダムの左右に配置される中盤の構成」は、使える選手が限られていたことを考慮しても前傾姿勢の布陣だ。運動量が豊富なミルナーでサイドバックのバックアップをしながら安定感を重視する案もあったはずだが、クロップは勇敢に真っ向勝負を挑む。この選択は、前半の途中からチームに勢いを与える。カーティス・ジョーンズは若さに似合わない落ち着いたボールコントロールと正確なパスでアタッカーを押し上げ、チアゴがサイドへの捌きを担当。両サイドバックを押し上げる展開から、リバプールは幾つかのチャンスを作ることに成功した。同時にリバプールが主導権を握った時間帯には、3トップが下がってくることで中盤をサポートしていたことも見逃せない。統計データという観点でも、最近のリバプールで最も得点期待値が高いのが「チアゴ・アルカンタラからサイドバックにパスを展開し、そこからクロスを狙う崩し」だ。
ここで特にポイントとなったのは、左サイドのロバートソンからの攻撃だ。後述するが右サイドバックのカンセロが中盤に入るシステムを採用することの弊害として、どうしても元々彼がいたスペースへの対処は甘くなる。特にカウンターで襲撃されると、ウイングを捕まえるのに手一杯になりやすい。彼らはセンターバックと中盤がボールを保持した時間に何度かこのスペースを狙ったが、もっと徹底すべきだったかもしれない。マフレズは追走することが得意な選手ではなく、ロバートソンからのクロスボールがゲームを変えていた可能性もあった。
しかし、センターバックの不在を考えるとロバートソンとしては「思い切ってオーバーラップしたくても、反撃されるリスクが頭から離れない」という状況だろう。かなり仕掛けたい気持ちを抑えながらプレーしている最近のロバートソンは、チームを背負う責任に苦しめられているようにも見える。
●我々が目撃したものは「カンセロロール」なのか?
マンチェスター・シティは、積極的にボール狩りを狙うリバプールの前線を牽制するシステムを予め準備していた。右サイドバックに今をときめく「カンセロロール」という流行語を生み出しつつあるポルトガル代表ジョアン・カンセロを配置したが、このゲームでは今シーズン披露している変幻自在のポジショニングと、それをスイッチとした可変は抑えられていた。
結果的に、彼が今回任されたのは「カンセロロール」というよりもオーソドックスな「偽サイドバック」だったように思える。その差は、「可変するポジションのパターン数」だ。クロップとリバプールの圧力を警戒したグアルディオラは、カンセロを普段よりオートマティックに働かせていた。
もう一つ、カンセロロールを成立させる要素として欠かせないのがカイル・ウォーカーの存在だろう。彼がオーバーラップの回数を減らしてセンターバックとして振る舞うことで、逆サイドに起用されたカンセロには自由が与えられる。この試合で逆サイドに配置されたジンチェンコでは、ウォーカーの役割は難しい。
●ジンチェンコとカンセロ、2人の共存による「緻密なビルドアップ」を読み解く
その一方で、ジンチェンコの起用がビルドアップの方向性を変化させたことも見逃せない。カンセロが中盤に進出して、ボランチというよりも一列前のMFに近い位置でプレーするゲームの多くでは、後方は3バックがベースになっていた。
それはカウンターで反撃されたタイミングで中央を守る手段であるだけではなく、センターバックが持ち上がるようなプレーで攻撃の起点になることを助ける。特に左センターバックにアイメリク・ラポルテを起用するときは、正確無比な縦パスが左のハーフスペースに供給される。しかし、今回はジンチェンコが偽サイドバックとしてのプレーではなく「左サイドバック」としてライン際をキープ。ジョン・ストーンズとルベン・ディアスも元々のポジションをベースにしており、「右サイドバックだけ不在の4バック」のような陣形となる。
そこからカンセロが右ボランチの位置に移動すると、ロドリが左ボランチの位置に流れていく。結果的にビルドアップは「3-2」の関係性となるのだが、例えばカンセロがいなくなったスペースにセンターバックが動くことで3バックを構築する動きに比べるとハイプレスを牽制しやすい。センターバックは元々のポジションをベースにしていることで「プレッシャーから遠い」のがポイントで、左サイドのジンチェンコも安全なパスコースを提供する。
バランスの整った3バックであれば、そのまま3トップでプレッシングを仕掛けることは難しくない。ただし、4バックの位置関係となると状況は異なる。マネがストーンズにプレッシングを仕掛けると、ベルナルド・シルバがサイドバックの位置をサポート。マネは自分のマークだったカンセロが自分の死角に入ってから中盤の位置に移動するので、どうしても意識が散漫になってしまう。同時に本来はプレスの基準点になるフィルミーノのカバーシャドウを発動させないように、2枚が彼の背後でセンターバックをサポート。フォデンとギュンドアンも中盤をサポートしているので、特定エリアで数的優位が生まれている。
●4-4-2と4-3-3を併用する、マンチェスター・シティの計算されたハイプレス
前半のマンチェスター・シティは、徹底的にセンターバックを封じる意識から4-3-3でのハイプレスを継続。3トップの両翼が中央に絞ることで、ビルドアップしながらセンターバックが前進するプレーを妨害した。これによって、リバプールはコンパクトな距離感を保つことを封じられてしまい、序盤の主導権を奪われてしまうことになる。このプレスの結果、リバプールのサイドバックが手薄になるのだが、グアルディオラは相手の応手も読み切っていた。
サイドバックが上がってくれば、そのスペースを消すようにマフレズとスターリングがポジションを下げることで4-4-2のブロックに可変。今季のシティを支えている強みは「4-4ブロックだけで十分に強豪チームを抑えられる」守備の安定感であり、リバプール相手でも十分に機能していた。ベルナルド・シルバが献身的に相手を追い回す4-4-2に変更すると、徐々に守備ブロックを崩せないリバプールの焦燥感が高まってくる。クロップが2枚の交代で中盤を入れ替えた瞬間に、グアルディオラは再度4-3-3に変更。名手アリソンのミスを誘うハイプレスで、試合を決めてしまった。
リバプールの両センターバックは本職が中盤なので、ボールを扱うようなプレーでは全く見劣りしない。しかし、ガブリエウ・ジェズスを投入して3枚のハイプレスを仕掛けてくるシティの終わらないプレッシングを浴びた時間に「サイドラインにクリアすることで逃げること」を決断しきれなかったことが、致命傷となる。アリソンも含めて中途半端に繋ごうとした場面でプレッシングの網に捕まってしまったことで、立て続けに失点。GKがボールを持った瞬間には逆サイドのセンターバックは相手に狙われており、サイドに逃げようとしたボールをインターセプトされてしまっている。
本拠地アンフィールドで屈辱を味わったリバプールだが、相変わらずその攻撃力は抜群。リバプールを批判するよりも、変幻自在のハイプレスとリスクを軽減するビルドアップを披露したマンチェスター・シティを褒めるべきだろう。ペップ・グアルディオラはジョアン・カンセロという「ジョーカー」を起爆剤に再びチームに流動性を与え、屋台骨として2人のセンターバックが躍動する。
本職センターバックを失いながらも試合を成立させるクロップの手腕は流石だが、トップクラブ相手では「センターバックの不在という穴を埋めきれていない」のも事実だ。不屈の男がどのようにクラブを再び上昇気流に乗せるのか、という点にも注目していきたい。
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