「ロングスロー論争」について、欧州の若手コーチはどのように見たか?

 第99回全国高校サッカー選手権は、ロングスローを戦略的に使うチームが結果を残した。強豪チームがロングスローで相手を苦しめる大会は日本独自の流行を作っており、それが賛否両論を生んでいたのも確かだ。

 今回は海外の目線から「ロングスロー論争」を考察することを目指し、4人の若手指導者にインタビュー形式で質問を実施。彼らの意見を参考に、「ロングスロー」についての考えを深めていこう。
結城 康平 2021.01.27
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今回の記事では、欧州の若手指導者からヒアリングした意見を下記のように要約しています。

ロングスローの使用に賛成する「3つのポイント」

・ロングスローの使用に反対する「4つのポイント」

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 高校サッカーにおける「ロングスロー論争」はSNSで話題を集め、メディアでも多くの記事が執筆された。

 大前提として、高校サッカーでロングスローが有効な攻撃手段となっている事実を忘れてはならない。あくまでロングスローが効果的だから使っているだけであって、それが通用しない大会になれば廃れていく。

 高校年代だと自陣から繋いでいくリスクを嫌うチームも多いことから、ボールを外に逃がすようなクリアを選択しやすい。それに加えてどうしても空中戦を苦手とするチームが多いことから、ロングスローからセカンドボールを狙うことも可能だ。攻撃側としてもサイドの狭いエリアでボールを繋いで崩すには技術が必要なので、一気にゴール前にボールを運べるロングスローは重宝される。エリア内でゴールに直結する守備的なミスが起こりやすい年代だからこそ、そういったプレーが増えるのは必然だ。

 ただし、育成年代という目線から考えると幾つかの疑問も残っている。私自身も複雑なトピックだと考えたからこそ、複数の指導者に疑問を投げかけた。忙しい中、丁寧に解答のメールを送ってくれた皆様に感謝しながら、今回はロングスローについての思考を深めていきたい。

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 先ず、今回協力してくれた指導者のプロフィールを紹介しよう。

◆Céderique Tulleners(29歳:リトアニアフットボール協会)

 ベルギーでキャリアをスタートし、中国でもコーチを経験。若くしてリトアニアフットボール協会の改革を担う主軸に抜擢され、主に女子チームの強化に尽力しているベルギー人指導者。リトアニアフットボール協会の改革を目指し、育成年代からトップカテゴリーまで一貫したサポートに対応している。

◆Cam Meighan(19歳:イングランド)

 フットボールリーグ最初のリーグチャンピオンとして知られ、現在は2部リーグに所属するプレストン・ノースエンドでアナリストとして活躍する若手コーチ。新世代の象徴として知られ、『Total Football Analysis』やドイツの戦術サイト『Spielverlagerung』 に寄稿している。セットプレーの分析を最も得意としており、セットプレーに特化したコンサルティングでも高い評価を得ている。

◆スワボミル・モラフスキ(30歳:ポーランド)

 若手指導者を積極的に登用するポーランドにおいて、若干30歳でUEFA-Aライセンスに合格した俊英。「認知科学」というアカデミックな知識をした分析と緻密なトレーニング設計に定評がある。大学ではフットボールマネージメントとコーチング、大学院では人的資源活用とコーチングを専攻。様々なクラブでアナリストとして活躍し、ポーランド1部シロンスク・ブロツワフではU-19アシスタントコーチとアナリスト部門のトップを兼任。2020年にはポルトガルリーグ1部のポルティモネンセでアナリスト兼コンサルタントを経験し、指導者教育にも携わっている。欧州では多くのセミナーや大学にも招待され、選手のプレー改善も得意としている。Jリーグの選手とも契約しているなど、活躍の場は多岐に渡っている。

◆Rui Sá Lemos(30歳:ポルトガル)

指導者養成の名門ポルト大学を卒業後、ポルトのユースチームでコーチに就任。その後もU-15、U-19、Bチームと順調に出世を続けた若手ポルトガル人指導者。戦術的ピリオダイゼーション理論の信奉者であり、30歳の若さでUEFAプロライセンスを取得している。2020年1月までポルティモネンセを指導したアントニオ・フォーリャに高く評価され、彼の下でアシスタントコーチを務めた。

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 年齢・国籍・経歴もバラバラな4人から回答を貰った結果として、実際に多様性がある意見を集めることに成功した。ロングスローへの議論を更に深めることで、単なる「善悪の二元論」ではない解釈を目指してみよう。

●ロングスローに対する、ポジティブな意見

 100%の賛成を示したのは、唯一Céderique Tulleners氏だった。中国でも指導経験がある彼は、柔軟性と各国のフットボール文化を尊重する傾向にあり、それが今回の意見にも反映されているのかもしれない。

「自分の指導理論では、スローインを重要視しています。何故なら、多くの指導者が軽視する部分だからです。もしスローインで優位を作れれば、そこで大きな違いになります。相手がやらないことをやることは、勝負の鉄則ですよね。先ず、考えるべきポイントは選手の特性にマッチしたスローインを使うべきだということです。日本の高校生は、動画を見る限りとても優れたスローインスキルを有しています。遠くまでボールを飛ばせる技術があるのに、それを使わないのは愚かなことでしょう。欧州でもロングスローを使うチームは少なくないし、例えば日本代表がベルギー戦でロングスローから得点していたと仮定してみましょう。そうすれば、世界中がロングスローについて話題にしていたはずです。あの時のカウンターが話題になった代わりに、ロングスローが世界の注目を集めていたのかもしれません。プレーイングタイムを減らしてしまうという指摘は間違ってはいませんが、ボールロスト時に長い距離を走る状況になりづらいのは明確なメリットです。同時に長身選手がいなくても、日本の若い選手はテクニックでカバーしています。タイミングとヘディングのスキルがあれば、長身でなくても空中戦における有効な手段になります。育成の視点で考えれば、身体の発達を阻害しうるという観点から12歳まではロングスローを制限するべきでしょう。しかし16歳以上となれば、ロングボールを跳ね返すスキルも重要になります。同時にロングスローという効果的な武器があるときに、それを使うのは当然の選択だと思いますよ」

 彼の主張で重要なポイントは、次の3つになるだろう。

日本の高校生はロングスローを投げる技術に優れており、効果的な手法として使うことに問題はない。

・欧州の主流に反しているからといって、間違いだとは限らない。

・12歳までとなれば制限するべきだが、16歳以上であれば問題はない。

 Rui Sá Lemosも、部分的にロングスローの有効性を認めている。

「バーンリーのようにフィジカルが強いチームは、トップレベルであってもロングスローを活用しています。彼らにとって、空中戦は優位な状況を作り出すことであり、格上のチームを苦しめる手段になっているのは事実です

 Cam Meighanはイングランド下部リーグでアナリストを務めている経験から、「イングランド下部では、ロングスローは見慣れた光景です」とコメント。フィジカルの強いチームが多い英国下部リーグでは、未だにロングスローからの激しい競り合いが少なくない。FAカップで番狂わせを狙うチームは、トップチームが見慣れないようなロングスローで得点を狙ってくる。

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