「サッカーにおける"賢さ"とは何か?」「結論」

UEFA-Aライセンスを修了したポーランド人指導者、スワボミル・モラフスキの論文を独占公開。今回がシリーズの最後となりますので、是非これまでの配信分も読み返してみてください。
結城 康平 2021.02.03
誰でも

 適切なトレーニングコンディションは試合に近いものであるべきだが、そういった環境は選手を"flow"(フロー状態)に没入させることがある。そのような理想的な状態に至るには、選手の脳(精神的な意識)と身体(経験的な意識)が、「内的な状況と外的な変化の関係性」を正しく認知する必要がある。ある程度の時間、フロー状態は外的な介入が無くても影響・関与・持続している。フロー状態のアスリートは指導者の助けを借りながら、外的な情報を適切に収集することで特定の行動モデルを確立する。課題を与えられ、それに挑むことでアスリートは最も効率的な解決策を創造していく。コーチの役割は、あくまで選手が自らの技術というツールを文脈に応じて使い分けることを奨励し、効果的な行動モデルを確立させることだ。それによって選手は自信を深め、自らのスキルとそれを使った解決策を信頼するようになる。

 スキームや用意されたシナリオは、選手の創造性とゲームの知的な解釈を奪ってしまうものであり、それでは選手が指導者から与えられた解決策に頼ることになってしまう。認知トレーニングの方法論は、哲学的には「自律した個の確立」を目標としている。自律した選手こそが、フットボールにおける主役となるのだ。しかしながら、適切なトレーニングと分析の助けが無ければ「効率的に選手を発展させること」は困難だ。また、トレーニングと試合が切り離されたものであってはならない。

結論

アイデンティティ無き分析は、参考や自尊心にしかならない。そのような環境では、全ての努力が「blind spot(盲点)」になってしまう。盲目的にトップダウンの指示に従い、現実を冷静に判断する能力が失われた状態では、正解と失敗の原因すら不明になってしまう。ある研究の参加者は、次のようにコメントしている。

「状況判断の質を向上させるには、幾つかのステージが重要となる。最初のフェーズは、進むべき方向の共有だ。2つ目のフェーズでは、トレーニングと経験によって特定の状況判断に慣れていくことが求められる。そして3つ目のフェーズとなるのが、外部から情報を収集することによってフィードバックを得ることだ。選手はこのサイクルによって自らのアクションを認知し、コンスタントに判断を向上させていくことが可能となる。このような目線から、私はパフォーマンス分析とトレーニングメソッドを関連させることの重要性を信じている。そして、トレーニングメソッドはゲームモデルに基づいている」

 今回の研究が進むにつれて、我々はヨーロッパの最前線で活躍する指導者の思想に触れてきた。この研究はポーランドにとってのガイドラインではないが、進むべき方向を示唆している。我々は常に適応を続けることで、ポーランド特有のアイデンティティ(ゲームモデル)を構築していく必要に迫られているのだ。最後に、ポルト大学のヴィトール・フラーデ教授によるコメントを共有したい。フラーデ教授は認識の複雑性と状況判断、そして賢さという深淵な謎にポエムという形で答えている。

思考する人間にとって、「意思決定」という「カテゴリーの決定」は言語的なステレオタイプだ。強い言葉は、更に強く詳細な意味を与える。そこに説明は存在しない。私にとって、それは虚構だ。相互作用とトレーニングの両方で、意思決定は全ての瞬間に損なわれていく。賢さというものは、トレーニングにおける状況に依存したものである。サポートする人がどのように理解しており、望んでいるのかにも影響される。当然、時間によっても影響を受けていく。感情的・運動生理学的・認知的・理性的・感覚的な要素も含んでいる。例えば、文化変容的な記憶において、それが適切なタイミングだったのか早急だったのかということを考えてみよう。人間は、理性的な動物ではない。理性的に考えれば、歩行という行動は身体に多くのダメージを与える。そして長期間、人々は瞬間的な意思決定の結果として進化を続けてきた。我々は判断から逃れることは出来ず、不十分なデータベースに依存している。そして、サッカーというゲームには「脳だけではなく全身」が関連している。トレーニングやプレーについてのフェイクニュースに飢えている人々だけが、長い時間のトレーニングを望む。それはあまりに、頭の良くない選択だ。学ぶのに、多くの時間をかける必要はない。ゲームのプロセスは複雑性に満ちており、競争を促進する。これが、プレーするとき「我思う故に我有り」ということだ。外的な環境は選手に様々なことを求め、だからこそ内的な態度が最も重要となる。内的環境によって、重要じゃないものや表現されていないものを含めた全てが「認知可能」となるのだ。

著者感想

A「今回で、賢さという難解な概念を探るUEFA Aライセンス論文もラストです!」

B「長々とお疲れ様でした。最後の詩は難解ですね」

A「ポルトガル語→英語→ポーランド語という流れから、更に英語化されて日本語に戻っているせいで、正直ただでさえ難解な表現が解読不能なレベルになってしまっている件はお詫びしたい」

B「要するに、フラーデ教授は何を言おうとしてるんですかね?」

A「まず、ヴィトール・フラーデ教授について簡単に説明しようか。ヨーロッパのトレーニングにおいて大きな指標となっている、戦術的ピリオダイゼーションの提唱者として知られているポルト大学の研究者だ」

B「トレーニングは試合に近くなければ、というお話ですよね」

A「そう、モウリーニョの『ピアニストはピアノの周りをランニングしない』という例えが有名だが、サッカーの能力を向上するにはサッカーの試合に近いトレーニングをしなければならない、というのが理論の根本にある」

B「なんか当たり前のことを言っているようですが」

A「根本はシンプルだが、だからこそ複雑系としてのサッカーに対応可能な理論でもあるというところが大きい。そして、本論文はこの理論とも切り離せない」

B「意思決定の順番について、ヴェンゲルは指摘していましたね。意思決定と技術を教える順番が逆だと」

A「それはつまり、選手の認知能力を重要視していることだ」

B「内的な能力であるということですかね」

A「認知は内的な能力であり、外部の環境から情報を得るという意味では外的な能力でもある。だからこそ論文内で指摘されていたように、情報を限定するような「集中」は奨励されない」

B「脳内のプロセスではあるが、情報を外部から得なければならないと」

A「そう。だからこそ、トレーニングや分析の話になってくる。外部の環境が重要で、正しい情報を与えなければ『情報を選択・認知するスキル』は磨かれない。それを準備することで環境を整え、内的な情報処理プロセスを奨励する。それが指導者の役目だというのが、多くの指導者が共有する思想だ」

B「つまり、だからこそ試合とトレーニングが近いものでなければならないということですね」

A「その通り。外部の環境から情報を集める能力を習得させるには、その環境がトレーニンググラウンドにも無ければならない。そして具体化された文脈は、ゲームモデルに沿ってトレーニングとしてデザインされていく」

B「なるほど、これは納得です」

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【Profile】

スワボミル・モラフスキ

若手指導者を積極的に登用するポーランドにおいて、若干30歳でUEFA-Aライセンスに合格した俊英。「認知科学」というアカデミックな知識をした分析と緻密なトレーニング設計に定評がある。大学ではフットボールマネージメントとコーチング、大学院では人的資源活用とコーチングを専攻。様々なクラブでアナリストとして活躍し、ポーランド1部シロンスク・ブロツワフではU-19アシスタントコーチとアナリスト部門のトップを兼任。2020年にはポルトガルリーグ1部のポルティモネンセでアナリスト兼コンサルタントを経験し、指導者教育にも携わっている。欧州では多くのセミナーや大学にも招待され、選手のプレー改善も得意としている。Jリーグの選手とも契約しているなど、活躍の場は多岐に渡っている。

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