コロナ禍で見直される、サッカークラブのコミュニティにおける価値。

「アフターコロナの世界で、サッカークラブはどのように地域社会に貢献していくのだろうか?」

コロナウイルスの蔓延によって分断されたグローバル社会において、コミュニティを支える存在としての役割を果たしたサッカークラブ。価値観の変革が、サッカークラブにどのような影響を及ぼしていくのかを考察します。
結城 康平 2020.10.01
誰でも

 欧州フットボールの世界において、世界中で売買される放映権料(試合を放送する権利に支払われる使用料金)は重要な収入源になっている。特にチャンピオンズリーグの決勝トーナメントで常連となるようなクラブは世界中で絶大な人気を誇り、アジア方面でのマーケティングにも手を抜くことはない。高騰する放映権料は強豪クラブの収益を増加させており、「バブル」に例えられることもある。

 プレシーズンには日本や中国で地元のチームと対戦するツアーが組まれ、世界各国から集められた選手たちが熱狂的なサポーターと交流する。横浜・F・マリノスと戦略的パートナーシップを結んでいることでも知られているイングランドの強豪マンチェスター・シティは、2019年に来日。6万5052人の大観衆が日産スタジアムで、世界トップクラスのプレーを目撃した。グローバルにファンベースを拡大する欧州のクラブは、スポンサー企業に圧倒的な宣伝力を提供する。ユニフォームを着た若者たちは世界中に溢れ、胸スポンサーとなる企業は沢山の「歩く広告塔」を手に入れる。

 ヨーロッパで活躍するスター選手の知名度も、上昇の一途を辿っている。エジプト代表としても知られるモハメド・サラーが「イスラム文化を代表する重要な存在」になっていることは、彼らの影響力を示唆している。2019年には、アメリカの「TIME紙」が選ぶ「世界で最も影響力のある100人」に選出されたサラーは、「世界中のエジプト人、リバプールのサポーター、ムスリム教徒の象徴的な人物」と称された。興味深いことに彼は所属クラブであるイングランドの港町であるリバプールを愛するサポーターを代表する存在であると同時に、母国であるエジプト人、信仰しているイスラム教徒を代表する存在となっている。自らを構成する複数の属性を代表する存在として、サッカー選手自身も眩いスポットライトを浴びている。

 グローバル化するフットボール界において、地域コミュニティと強豪クラブの関係性は複雑に絡み合っている。FCバルセロナのように独立運動も盛んなカタルーニャの象徴となり、強固な地元とのコネクションを保つことを目指しているクラブもあるが、グローバル化とローカルコミュニティの対立は世界中で避けられない課題となっている。例えばドイツの強豪クラブであるバイエルン・ミュンヘンの熱狂的なサポーターは、大口のスポンサーとしてカタール資本の企業があることを痛烈に批判している。スタジアムに掲げられた「人権よりも金なのか?」という横断幕は、カタールの社会問題を皮肉ったものだ。2022年W杯の開催国であり、2019年には日本を破ってアジアカップを制覇。積極的な投資によって環境を整え、優秀な選手を育成していくサッカー新興国として脚光を浴びる裏では、移民労働者が劣悪な環境下で働かされているという報道も相次いでいる。スポンサーの多国籍化による外資の流入は経営面ではポジティブだが、サポーターの反発はクラブにとってのリスクにもなり得るのだ。同時に海外からの観光客がスタジアムに目立つようになっていることに、批判的な姿勢を示す地元サポーターも少なからず存在している。

「コロナ禍」がフットボールクラブに求めた「地域コミュニティへの貢献」

 欧州における現代社会の象徴としてのサッカークラブに、突如として世界中を混乱に陥れたパンデミックが訪れる。コロナウイルスの大流行は欧州の国内リーグを中断させるだけでなく、グローバル社会が我々に与えた「越境の自由」を容赦なく奪い去ることになった。特に欧州域内では選手やサポーターも日常的に国境を越えて移動していたが、疫病の流行を避けなければならないと考えた各国は国外への移動を制限。コロナウイルスが大流行したイタリアなどでは、厳格に国内の移動制限も取り締まることになった。そのように普段の生活が制限される中で、地域コミュニティの象徴としてのフットボールクラブは社会的な役割を求められるようになっていく。それぞれのクラブやサポーターが積極的に分断された社会を繋ぎ止めようと力を尽くしたことは、各地でポジティブな影響を及ぼした。昨シーズンのプレミアリーグを制覇した名門リバプールFCからは、多くのクラブスタッフがフードバンクのボランティアに参加。最大のライバルであるエバートンもフードバンクに協力し、マージーサイドの両雄は地域社会に貢献することに全力を尽くした。外に買い物に出ることが難しい地域のお年寄りを助けようと、スタッフは食料を配達・供給する大役を担っていく。クラブや選手からも500万円を超える寄付が集まり、人々の生命線となる地域の食生活を支えることになった。

 現在3部リーグに所属するウィガン・アスレティックはコロナによる経済的打撃の影響を受け、破産申請によって勝ち点を剥奪されることになった。そのように経営状態が悪化していたクラブも、コロナ禍ではリバプールと同様に積極的に地域社会の食料供給に貢献した。当時の指揮官ポール・クックが自ら志願して配達に参加するなど、積極的にボランティアに名乗り出た監督や選手も少なくはない。地元社会を助けるために、サッカークラブの監督が自らサポーターの家に食事を運んでくるというのは、相当に珍しい光景かもしれない。窮地に立たされたウィガンを救うべく、彼らに助けられたサポーターはクラブへの寄付を募っている。元ウィガンのヴィクター・モーゼスが200万円以上を寄付したように、サポーターや選手は愛するクラブに恩を返そうとしている。

 ドイツのブンデスリーガでは、ボルシア・メンヒェングラードバッハが「等身大のパネルを、自身の本来の席へと配置する」プロジェクトを企画。この活動は地元企業への救済活動にもなっており、同様の取り組みはアメリカでも見られた。

 過酷な環境で献身的に働き続けたNHS(イギリスの国民保健サービス)にも、プレミアリーグのクラブは積極的なサポートを提供した。ロンドンの雄として知られるチェルシーFCは、NHSが運営する医療機関に2ヶ月で総計11万食を寄付。同時に彼らはスタジアムに隣接しているホテルを無料で医療従事者に開放することによって、北ロンドン地方で帰宅することなく働いている人々をサポートした。マンチェスター・シティは、本拠地であるエティハド・スタジアムを医療従事者のトレーニングや休息に使えるスペースとして開放することに加え、スタジアムに隣接する駐車場には仮設の検査施設を設置。様々なクラブがスタジアムや周辺設備を医療従事者のサポートに使える施設として無料開放することで、地域社会の医療崩壊を防いでいた。多くの選手や指揮官が医療従事者を励ますビデオメッセージを送ることで、彼らの心理的なサポートにも寄与。チェルシーのレジェンドであると同時に現在監督を務めるフランク・ランパードや、バーンリーの指揮官ショーン・ダイクはビデオ通話によって医療従事者に勇気を与えた。

 コロナウイルスの蔓延で壊滅的な状況に陥ったイタリアのベルガモを本拠地にするアタランタBCは、ピッチでのパフォーマンスによってサポーターに希望を与えた。チャンピオンズリーグを破竹の勢いで勝ち進んだイタリアの中堅クラブは地域の誇りとなり、アタランタのユニフォームを着た熱狂的なサポーターがボランティアとして医療従事者をサポートした。

 ガーディアン紙のインタビューに答えたサポーターは、印象的な言葉を残している。彼らは強豪クラブに挑むクラブのパフォーマンスと自らの境遇を重ね合わせ、必死で周囲を鼓舞しながら耐えていたのだろう。

「我々は同じボートに、肩を寄せ合って乗っているようなものだ。我々は、同じ敵と戦っている。アタランタのユニフォームを着ながら、コロナウイルスで苦しむ地域を救うのは感動的なことだ」

「コロナ禍」における「分断の危機」と「多様性の尊重」

 アメリカで巻き起こった「ブラック・ライブズ・マタ―」という黒人差別に反対するムーブメントのように、グローバル社会は常に分断の危機に怯えているのも事実だ。クラブの地域社会への貢献が注目される一方、リバプールやトッテナムが政府の一時帰休制度を利用してスタッフを一時解雇しようとしたことは大きな反発を浴びることになった。多くの政治家やサポーター、クラブのレジェンドから痛烈な批判を受けたことで両クラブはこの決断を撤回したが、イメージダウンは避けられなかった。実際に放映権料で莫大な利益を得ているクラブが、弱者を救おうとする国のスキームに頼ろうとしたことについて「長期的には地元サポーターの信頼を失う愚行だった」と主張する識者も存在する。このような貧富の差は、どうしてもメディアのターゲットにされやすい。コロナ禍で仕事を失った人々にとって、多額の給与を貰っているサッカー選手が嫉妬と憎悪の対象になることは不思議なことではないはずだ。そのような分断の危機を主張する人々がいる一方で、サポーターの反発がクラブの決断を覆させた事実をポジティブに捉える声もある。地元サポーターがクラブ上層部の決断を覆し、コミュニティとの断絶を防いだという見方だ。どちらにしても表裏一体ではあるが、分断のリスクを防いだという意味では2クラブの迅速な謝罪は英断だった。

 このような非常事態下において分断のリスクがある一方で、グローバル化に起因したサッカークラブの多様化がポジティブな影響を与えている例もある。例えばスコットランドのセルティックFCは伝統的に多くの外国人選手を補強してきたクラブだが、難民の支援用にシェルターを無償で提供していた。コロナ禍の状況に対応しなければならなかったクラブは募金を集め、難民を感染リスクの少ないホテルに宿泊させることに成功している。チェルシーの女子チームは、コロナ禍で在宅時間が増えたことによって件数が増加した「DV被害者」をサポートする活動に積極的に参加。このような活動は女性ならではの視点を活かしたサポートであり、構成員の多様性が活かされている1つの例と考えるべきだろう。クラブ主導の取り組みではないが、バイエルン・ミュンヘンのアルフォンソ・デイビスとACミランのアスミル・ベゴヴィッチが国連難民高等弁務官事務所の募金企画として、オンラインでのサッカーゲーム対戦配信に参加している。元々がガーナの難民キャンプで生まれてカナダに移住したアルファンソ・デイビスと、ボスニア戦争から逃れようと家族とドイツに移住した経験のあるアスミル・ベゴビッチは自分たちの経験を語りながら、積極的にコロナ禍での難民をサポートする取り組みをサポート。このようにクラブ構成員の多様化は、様々な価値観をチームの中で両立させることに繋がっていくポテンシャルを秘めている。

 動画をベースにしたインタラクティブなサービスが積極的に使われるようになったことは、国外のサポーターにとっても喜ぶべきことだ。自宅でも可能なトレーニングをプロ選手が積極的にシェアしたことで、世界中のサッカー少年は憧れのプレイヤーを真似ながら練習に励んだに違いない。しかし、それでもパンデミックという不可避の事態はローカルコミュニティの危機感を強烈に煽り、クラブに地域社会への貢献を求めた。結果として、ヨーロッパのフットボールクラブは地域コミュニティとの結束を更に強めることになっている。一方で、小規模で経済力の弱いクラブが消滅することで「グラスルーツ」のフットボールが失われていくリスクは深刻な課題だ。経済的な基盤が弱い女子サッカーでも、多くのクラブが存続の危機に瀕している。

 急速に進むグローバル社会において、逆説的に地域的なアイデンティティが強化されるという主張は珍しいものではなく、グローバルなファンの拡大に反対する地元サポーターは1つの実例でもあった。アフターコロナの世界で、我々が目撃するのは更に先鋭化した地域アイデンティティに支えられるスポーツクラブなのだろうか?それとも、地域に寄り添いながら多様性を受け入れたスポーツクラブなのだろうか?その疑問は、サッカーというスポーツが「分断に抗えるのか?」とも言い換えられるはずだ。

 コロナウイルスによって分断の危機にある現代社会を救うのは、世界中で最も愛されるサッカーなのかもしれない。理想主義的な希望的観測と共に、今回は筆を置くことにしよう。

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