「サッカーにおける"賢さ"とは何か?」2-1「戦術分析のプロセスと特徴」

今回は、UEFA-Aライセンスを修了したポーランド人指導者、スワボミル・モラフスキの論文を独占公開。認知科学と指導のスペシャリストが語る、サッカーにおける「賢さ」とは?

第2章のテーマは「戦術分析」です。
結城 康平 2020.12.26
誰でも


 戦術分析とは、情報の適切な処理・収集・使用によって、サッカーの試合における各要素の原因と影響を理解する活動である。それは、主観的な表現や評価(Assessment)ではなく、むしろ注意深い観察(Observation)を伴うものだと考えられている。

情報の処理や提示の方法に関わらず、ビデオ映像・画像・説明のような手法は「トレーニングにおける基準点の明確化」を目的としている。それは明確なチームとしての指針を与え、指導者のメッセージを視覚化することによって、チームのトレーニングメソッドやコミュニケーションの正当性を担保する。これは、トレーニングの効果を決定する手法としての定性的分析Qualitative research)というコンセプトだが、現状ポーランドの主流となっているトレーニング手法は「定量的分析Quantitative research)のためのデータ収集により多くの時間を割いている」。

数量データをベースとした定量的分析は物理学などの研究分野で主に使われており、インタビューなどの質的データを使用した定性的分析は社会学などの教育分野で活用されている。両方の分析手法に強みがあり、近年はこの2つを組み合わせたMixed Researchの重要性についての議論が盛り上がっている。

 しかし、適切な文脈で用いなければ「データは単なる数字に過ぎない」。そうなってしまえば、定量的なデータが実質的な価値を持たないケースも少なくない。

 現代サッカーにおいて、分析は「建設的なフィードバックを提供することで練習プロセスを更に最適化するための包括的なトレーニングツール」だとかんがえられている。

 ある指導者は、「戦術分析は指導者のピッチにおける影響力を強化することに使えるし、使うべきだ」と信じている。

「我々は、選手の学習プロセスを理解することで、適切なツールを使っていかなければならない。そこで考えなければならないのが、試合中に彼らに求められる判断の種類に応じた選手個々の対応能力だ」

 選手に必要なツールを与え、チームとしての文脈の中で彼らの「ゲームにおける状況把握」を効果的に促進するには、刺激を最適化する必要がある。個人レベルでは、試合中の選手が高い頻度で「不安と恐怖を感じていること」を理解しなければならない。そしてその不安と恐怖は、選手の認知レベルによって左右されている。選手がピッチにプレーする際に「どのような状況なのかを、どこまで情報として把握できているか」が重要になるのだ。

 このような事実は、賢い選手を育成する上で「認知の観点」(Cognitive aspect)と分析の重要性を物語っている。

 また、他のコーチは分析のプロセスを

1:パフォーマンス、2:観察、3:分析、4:解釈、5:計画、6:準備、7:再度のパフォーマンス、に分割した。

 仮に試合を最終テストと考えれば、練習は「選手とチームのパフォーマンスを高いレベルで発揮する」ための重要なプロセスとなる。もし、選手とチームのパフォーマンスを試合中や試合後に普段から分析しており、科学的な手法をトレーニングや試合のメソッドに適用したいのであれば、常に全体論的なアプローチで練習における戦術的な振る舞いを分析しなければならない。当然、それはゲームモデルとチームの練習サイクルの文脈の中で成される必要がある。チームとして実施する文脈での分析プロセスは、図4を参照されたい。

 戦術分析をトレーニングの文脈に正しく適応する際に、スタートとなるポイントは試合だ。

 ある指導者は、明確に主張している。

  「私は評価こそが、プロセスを作成する最初のステップだと考えている。個人とチームのパフォーマンスを分析する際、我々は主にチームの強みと弱みを識別するだろう。私は、ゲーム分析とトレーニングプロセスを2つに分割して考えている。それは、自チームの分析と相手チームの分析だ。全てのトレーニングセッションや試合は、特定の手法で詳細に分析されていく。チームや個人のパフォーマンスを継続的に分析する目的は、我々のゲームアイディアの効率性を高めることだ。同時に個々の成長を分析することで、選手の成長をサポートすることになる。

収集された情報はスタッフによって注意深く扱われ、我々のプランをサポートしていく。しかし、一方で情報は選手にフィードバックとして与えられることもある。それによって、選手たちに自らのパフォーマンスを客観的に評価することを奨励していく。

相手チームの分析を簡単にまとめると、我々は客観的に情報を精査することで相手チームの個人とチームの特徴を定義していく。その後に、情報はトレーニングプランをデザインするプロセスで活用されていく。それは我々のゲームアイディアを最大化するものであるが、同時に週末には「選手が次の試合で直面するであろう局面」を可能な限りコピーし、実験する場所を用意する。そのような取り組みが、試合の主導権を握ることに繋がるのだ。既に知っていれば、相手のアプローチに意表を突かれるようなことはない」  

 つまり成功は分析そのものの精度ではなく、「得た情報から何を準備したか」に左右される。分析の円環するプロセスは、7つのステップに分割される。

a: 情報を集める場としての「試合」
b: 情報を集め、適用する為の「分析」
c: 適切な文脈で情報を使うことを助ける「フィードバック」
d:知識や事実と異なる視点を与えられることによる「観点の変化」
e:集められた情報をベースに、特定の目的を定めた「トレーニングプロセスの適応と計画」
f: 情報と分析をベースとした「トレーニング」
g:インテンシティや文脈の理解など、「トレーニングコンディションへの適応」

 サッカーの試合を分析し、それを練習に取り入れようとするとき、我々は現代サッカーにおける「戦術の4局面」を意識しなければならない。それは単なるトレンドではなく、試合という大きな枠組みを知覚したときに「3つのカテゴリー」を区別しなければならない。それがチーム戦術、グループ戦術、個人戦術だ。この中でも、個人戦術は認知能力と深く関連している。つまり、選手がどのようにピッチ上で情報を収集し、それを使うかという部分である。

【Profile】

スワボミル・モラフスキ

若手指導者を積極的に登用するポーランドにおいて、若干30歳でUEFA-Aライセンスに合格した俊英。「認知科学」というアカデミックな知識をした分析と緻密なトレーニング設計に定評がある。大学ではフットボールマネージメントとコーチング、大学院では人的資源活用とコーチングを専攻。様々なクラブでアナリストとして活躍し、ポーランド1部シロンスク・ブロツワフではU-19アシスタントコーチとアナリスト部門のトップを兼任。2020年にはポルトガルリーグ1部のポルティモネンセでアナリスト兼コンサルタントを経験し、指導者教育にも携わっている。欧州では多くのセミナーや大学にも招待され、選手のプレー改善も得意としている。Jリーグの選手とも契約しているなど、活躍の場は多岐に渡っている。

Sławek Morawski
@slawekmorawski
Interesting, positional structure from Manchester City against Arsenal. 4-2-3-1 on paper, with dynamic positioning of Bernardo Silva in the defense and high positional attack [actually even more variations from City].

#ARSMCI #EFLCup #EFLPL @GuardiolaTweets @TodoGuardiola
2020/12/22 21:13
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訳者(結城康平)コメント

 今回は、第二章の最初として「戦術分析」をトレーニングに活かしていく手法について考察していく。日本のサッカーファンにも徐々に「戦術分析」を楽しむ方が増えてきている印象だが、モラフスキ氏が言及する「戦術分析」は「トレーニング・試合に活用する為のツール」としての実用的なものだ。

 客観的な分析をベースとしたトレーニングのデザインやフィードバックはチームの強化に繋がるだけではなく、個々の育成にもポジティブな影響を与えていく。

 また、「質的データと量的データの適切な使い分け」も重要なトピックだろう。例えばシュート本数とシュートエリアを量的に分析することは難しくないが、そこに得点差や試合の状況、相手のフォーメーションなどの要素を加えていくと「新たな世界」が見えるかもしれない。

***

 次回 、12/30(水曜)に配信予定の記事は「初の有料記事」となります。タイトルは「創造性とは何か?」というものを考えていますが、もしかしたら検討の中で変わってくるかもしれません。様々なパターンを考えていきたいと思っています。

今後は、

月 2 本 無料記事
・月 2 本 有料記事
+ 月 1 回程度の不定期イベント(試合観戦・指導者さんと対談など)

 上記のようなスケジュールで、ニュースレターをお送りできればと思います。

 有料記事は、通常ではなかなか読む機会のない論文の翻訳およびその解説や、無料記事より質の高いマッチレビュー、その分野のプロとの対談など、月額680円にてお送りする予定です。
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