マッチレビュー「リバプールvsエバートン」

プレミアリーグ第5節、首位を走るエバートンとディフェンディングチャンピオンのリバプールが対戦するマージーサイドダービーは、戦前の予想を裏切らない好ゲームとなりました。今回は、その「マージーサイドダービー」を振り返る分析記事です。
結城 康平 2020.10.21
誰でも

プレミアリーグ第5節ーマージーサイドの両雄が衝突する英国最大規模のダービーは、無観客での開催となった。

近年苦しんでいた名門リバプールFCは、復権という言葉では物足りない「躍進」を成し遂げている。ドイツ人指揮官ユルゲン・クロップの招聘と適切な投資で改革を進めた彼らはヨーロッパフットボールの最前線に躍り出た。チャンピオンズリーグの頂点とプレミアリーグの王者を経験した彼らは、欧州フットボールの中心地にいるチームだ。

一方のエバートンは、宿敵であるリバプールを静かに追い続けている。英国のトップクラブに対抗しようと工夫を続ける彼らは、経験豊富なイタリア人指揮官カルロ・アンチェロッティを招聘。彼のコネクションを活用しながら複数の即戦力を加えた彼らは、見事なスタートダッシュに成功している。コロナ禍で調整に苦しむチームも少なくない中、新戦力をチームに融合させた指揮官の手腕は賞賛に値する。プレミア序盤戦で首位に立つエバートンと、絶対王者リバプールの激突は、無観客のマージーサイドでも燃え上がる炎となった。

先制点の原因は、ハメス・ロドリゲスの怠慢なのか?

ハメス・ロドリゲスは守備に難があり、失点シーンも彼が戻るべき局面だった。そのような言説が多いようだが、本当に失点シーンは彼の責任なのだろうか?この定説に対し、あえて反証する目線で考察してみよう。

コロンビア代表のトップ下として活躍し、得点能力と創造性を兼ね備えたハメス・ロドリゲスは、2014年にレアル・マドリードに加入。白い巨人では熱烈な歓迎を受けた甘いマスクのテクニシャンは加入直後に鮮烈な活躍を披露したが、徐々にその勢いを失っていく。バイエルン・ミュンヘンへのローンでは輝きを取り戻したが、レアル復帰後は出番を得られず。ジダンとの不仲説も囁かれた男は、恩師カルロ・アンチェロッティの率いるエバートンへの加入を決める。

今季は右サイドのアタッカーとして起用される彼のプレーエリアは中央寄りとなっており、右のハーフスペースから相手の組織を崩す。苦しみ抜いた天才の復活劇は印象的であり、プレミア序盤戦のグッドニュースだろう。パスネットワークでも、その違いは一目瞭然だ。右サイドのハメスは低めのポジションに位置し、逆サイドへの展開力を活かしている。

https://worldfootballindex.com/2020/09/everton-tactics-ancelotti-james-rodriguez-allan-doucoure-tottenham/

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そんなハメス・ロドリゲスは、元々トップ下ということもあって守備を苦手にしている。長い距離を戻らなくてはならない場面は反応が遅れやすく、ピンチを招くことも少なくない。これが、リバプールの先制ゴールをハメスの守備と関連させる論調を支えるロジックだろう。確かに、その側面を否定することは難しい。

しかし、失点の場面に限れば「ハメスの責任は薄い」というのが筆者の主張だ。先ず、ポイントは得点シーンの起点となる。カルバート・ルーウィンは近いセンターバックをマンツーマンで抑えており、ハメスは逆のセンターバックを見ようという素振りを見せている。エバートンのロングボールからリバプールの攻撃はスタートしており、回収したボールを拾ったアレクサンダー・アーノルドが一度キックフェイントを挟んでバックパス。

ここでリシャルリソンとアンドレ・ゴメスがアーノルドに寄せているので、ハメスは恐らくセンターバックから一度リセットするような逆サイドのセンターバックへのパスを予測したはずだ。ファビーニョはカルバート・ルーウィンがマークしており、中央のコースは消される。そこで狙い通り誘導したアーノルドに、リシャルリソンが詰める。ここまでのシナリオは、エバートンの3トップが望んだものだろう。

しかし、欧州で最も攻撃力のある右サイドバックに成長したアーノルドが「規格外」のパスを放つ。近いスペースを走るヘンダーソンを囮に、その奥のサラーに鋭いグラウンダーの楔。抜群のパススピードで供給されたボールは、絶妙なタイミングで走り込むヘンダーソンを追いかけたアンドレ・ゴメスとスペースを埋めようとしたディニュを文字通り「置き去り」にする。

ボールを受けたサラーは、縦に当てながらワンツーで次のプレーに移行することでアランを無効化。これで3センターの2枚が外されてしまっているので、ドゥクレも中央に寄らざるを得ない。そうなればロバートソンが駆け上がった左サイドは手薄になり、数的優位からリバプールが崩してしまった。

前述したようにリバプールの攻撃は、連鎖することでエバートンのズレを増大している。トップスピードで高度な連携を継続したプレミア王者の攻撃を防ぐことは、もしハメスが自陣まで戻っていたとしても困難だったのではないだろうか?ハメスの判断ミスがあったと考えると、最初の段階でロバートソンをマークせずにセンターバックに寄せたところになるが、流石に数秒後の展開を予測するのは不可能だったはずだ。

ハメスの怠慢を狙われたことを責めるのではなく、エバートンの守備組織が間に合わないスピードで崩したリバプールを賞賛するべきなのではないだろうか?

先制点はエバートンの失敗ではなく、リバプールの成功だったのだ。

チアゴ・アルカンタラの妙技とディエゴ・ジョッタのポテンシャルは、どのようにリバプールを変えるのか?

チアゴ・アルカンタラは、既にユルゲン・クロップにとってはリバプールの幅を広げる重要な選択肢になっている。一点豪華主義の補強を得意とするリバプールにとって、夏の目玉は間違いなく彼だ。バイエルン・ミュンヘンの頃と比べるとまだまだ慣れない中でプレーしている印象だが、それでも影響力は別格。リバプールの選手にとって、既に預けるべき選択肢として定着しているのは恐ろしい。守備面ではトランジション局面に強引に飛び込み過ぎる癖があり、プレミアではもう少しカウンターを遅らせるようなプレーも求められるかもしれない。フィジカル面でも強靭なMFと相対することが増えるので、更なる適応が求められてくるはずだ。

しかし、懸念を差し引いてもバイエルン・ミュンヘンの主軸だった男がリバプールに与えたポジティブな影響は大きい。チアゴの武器を一言で表すなら、それは「継続性」にある。機動力に優れたチアゴは中盤を動き回ることで相手のマークを外し、一瞬の方向転換で相手を振り切る。プレッシングを回避するスキルに長けた彼は常に細かなフェイクを挟んでおり、相手を欺く意識が強い。ロジカルなボール回しとトリッキーなプレーを噛み合わせた男は、バルセロナの哲学にドイツのロジックと南米的なアイディアを加えている。オフサイド判定に阻まれたとはいえ、パススキルと論理的な思考が詰め込まれたのが「幻の3点目」となったシーンだった。

左サイドでボールを拾ったチアゴは、一度縦パスを当ててリターンを受けることで周囲を把握する時間を作る。そしてリターンをトラップすると、アーリークロスや逆サイドを意識させる位置にボールを置く。このボールの置き方が絶妙で、エバートンの守備陣は浮き球を警戒する。その瞬間、チアゴは身体を捻りながらマネへの縦パスを選択。効果的なパスであることは明白で、グラウンダーで折り返すまでの流れは完璧だった。

チアゴの存在は、これまで立ち位置を変えることで相手のズレを作るアプローチを続けていたリバプールに「立ち位置を変えずに、パスのタイミングを工夫することで相手を崩す」というアプローチを提示している。これはポジショナルプレーを標榜する副官ペップ・ラインダースにとって、理想的だろう。加えて、一連のシーンにおけるディエゴ・ジョッタにも注目したい。夏に加入したポルトガル人アタッカーは様々なポジションに適応する柔軟性を武器にしているが、得点シーンには「アランが下がった自分を意識してバランスを崩したことを認知し、マネへのパスを指示」している。更に次のプレーを狙って絶妙なスペースに侵入しており、ヘンダーソンの代わりに彼が決める可能性もあった。ここでジョッタが示したのはチアゴとのイメージを共有しながら、自らの動きで生まれるスペースを把握する能力だ。ボールが無いところでも相手の陣形を崩すスキルと認知能力は、リバプールの強力なアタッカー陣を更に輝かせるはずだ。

ファン・ダイクの怪我という悔やまれるイベントもあったが、両チームは「今季のプレミアリーグがマージーサイドを中心に回る可能性」を示唆するような素晴らしいパフォーマンスを披露した。 彼らがプレミアリーグを牽引するのか、それともロンドンやマンチェスターの強豪が地力を示すのか。どのような未来が待っているにしても、今季も激しい争いに期待したい。

ご愛読頂き、ありがとうございます。また、前回のアンケートでは多くの回答を頂きました。そちらについても大変参考になりました。

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それでは次回の更新もご期待ください。  

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