「サッカーにおける"賢さ"とは何か?」1-3「"賢さ"の特性とプロセス」

今回は、UEFA-Aライセンスを修了したポーランド人指導者、スワボミル・モラフスキの論文を独占公開。認知科学と指導のスペシャリストが語る、サッカーにおける「賢さ」とは?
結城 康平 2020.12.16
誰でも

 多くの選手が未だに混同しているが、「味方に向かってボールを蹴ること」はパスではない。彼らは、ピッチにおいて「時間とスペースの概念」が存在していることを理解していないのだ。

選手を独立したユニットと考えれば、前述したように「スペースをスキャンする」トリガーとなるのが4つの局面だ。

 例えばピッチで発生している事象の情報を収集する目的で、どのような情報収集の手法が使われているのだろうか?また、どのようなファクターが彼らの情報収集のスイッチになるのだろうか?

  • 自分、もしくはチームメイトがボールを保持している局面

  • 自分、もしくはチームメイトがボールを失った局面

  • ボールが自分、もしくはチームメイトに近づいてきている局面

  • ボールが特定のエリアを超えた場合

  チームスポーツとしてのサッカーには、独立した側面としてのテクニックは存在しない。

 「質の高いテクニカルなアクション」は、明確な戦術理解によってのみ成し遂げられる。テクニカルなアクションはあくまでも道具であり、それは時間とスペースと関連した解決策を導く。

 つまり、我々が注目すべきなのは技術ー戦術的な側面だ

 ヨーロッパ有数のクラブで経験を積んだ日本人指導者・高野氏は、下記のように述べている。

*日本人では数少ないUEFA PROライセンスを保有する指導者であり、過去にはイングランドのサウサンプトンにも所属。日本人として初めてプレミアリーグのトップチームでコーチを務め、ギラヴァンツ北九州ではアカデミーダイレクターとしても活躍。2018年には英国でUEFA PROライセンスを取得している。

「インテリジェンスとは、意識から行動までの思考プロセスです。最終的なアクションは、選手が理解・予測・判断・決定・意図した「全て」を表現しています。効率的な意思決定において、最も重要なフェーズは意識です。ただし、それは選手が単に何を見たかということではありません。ここで鍵になるのがどのように選手が見たものを解釈したのかという点であり、思考のスピードです
高野剛 (UEFA PROライセンス保有指導者) 

 高野氏の発言から、考察を深めてみよう。どのような情報やポイントが選手の意思決定における効率性を決めているのだろうか?

 サッカーがチームスポーツであることを念頭において考えれば、下記の要素を抽出するべきだ。

  • ボール

  • 相手

  • チームメイト

  •  スペース(+特定のエリアにおける数的な状況→行動における時間的な制約・優位性を創出する可能性)

  • ダイナミクス

  • オリエンテーションの方向

*5・6は、1〜4の情報を「正しく解釈した結果」でもある。

 周囲から収集した情報をベースに、選手は試合中に効率的な判断を下す。しかし、選手はどのように正しく情報を知覚・解釈するのだろうか?

 フットボールにおける実践的な知覚のプロセスは、人間の視覚構造の決定因子だ

 図3に示したように、構造的に人間が全方位を見渡すことは不可能だ。幾つかの論文によれば、最適化された中心視野は30°〜40°、周辺視野は120〜140°から160〜180°程度とされている。

視野内に存在する物体を認識する能力は、周辺視野と呼ばれている。また、中心視野に存在する物体を認識する能力が直接視野だ。一方で、我々の視野から外れたエリアを「死角(blind zone)」と呼ぶ。それぞれのエリアの情報を正しく収集・管理する手法は、選手の意思決定におけるクオリティに直結している。その手法とは、下記の4つに分類される。

1, 視覚的なフィールドの観察(スキャニング)

2, ピッチ上で、適切なボディオリエンテーション(身体の向き)を保つこと

3, フィールド上において、適切なポジションを取ること

4, 相手選手との直接的なコンタクト

 まずは、「スキャニング」について言及すべきだろう。上述したように指導者は、ゲームフィールドでの正しい観察方法を知っておかなければならない。それは頭の動き(スキャン)だけでなく、目の動き(マイクロスキャン)も含まれており、攻守の4局面におけるスキャンの頻度も重要となる。

 視野の広さと奥行きという点において、サッカーの試合におけるスキャニングは「認知の構成要素」だと定義されることが多い。スキャニングは選手の周辺で発生する様々な事象の正しい認知を可能にするが、認知には時間的なギャップが避けられない。これは、人間が「見たものを解釈しなければ認知できない」ことに起因する。

 それ故に、スキャニングは連続的な配列として物体を見る行動として定義されなければならない。それは周辺の配列を正しく認知することを助けるが、見た瞬間に同時に認知される訳ではない。

 特定環境下のイベントは一時的に遮られる事もあるが、そのような状況でも認知される。何故なら異なるイベントは同時進行的に発生するからだ。

 探索的行動は、積極的に情報を収集しようとするアクションだ。一方、パフォーマンス的行動は環境における幾つかの側面を操作することで、目的を成し遂げようとするアクションだ。

 その違いは意識ではなく、意図にある。より厳密に言えば、探索的行動は周囲のエネルギーフィールドに影響する脳や感覚器官の調整を含む、「情報のスキャンと活用」を意味している。

 そのような活動は現象の理解能力に基づき、予測のキャパシティーを決定する。

サッカーという文脈において、予期anticipation )は単なる予測ではない。予測は効率的な予期(anticipation)の鍵ではあるが、それは別物なのだ。

 シンプルに言えば、予期(anticipation)は認知地図を使った行動の予測である。

 認知地図は心理的なプロセスであり、個人が日常的な環境において「現象の属性的な情報や関連した情報を取得し、保管し、想起し、解読する」心理的な活動によって構成されている。

 認知地図は、空間的な認知と環境的な認知の融合だと考えられている。この空間的な認知は、「構造・権利・空間の内的・認知的な象徴と知識」と定義されている。別の表現をするとすれば、内的な空間の再構築と投影だ

 認知地図は、人々が複雑な環境と相互作用していく際に、環境を単純化することを可能にする心理的な機構である

 我々は認知地図を「便利な速記記号であり、人々が書き、認識し、使用することが可能なもの」だと考えている。それは空間的/環境的な知識の象徴でもある。

 人々は環境の情報を保存することが可能だと考えられており、その情報は「行動をガイドする際に空間的な決定をするとき」に使われる。

 認知地図は意識的/無意識的に、印象や思考・感情やアイディアといった情報を制限する効果もある。即座に反応してしまいたくなるところを、コントロールする機能も兼ね備えているのだ。

 このように認知地図は、過去の経験によって「現在や未来の理解・予期」を助けていく。

 探索的行動という文脈においては、スキャニングだけでなくボディオリエンテーションの概念も欠かせない。正しい身体の向きを保つことは、断続的に続くゲームの中で、チームのアドバンテージを生む決断を可能とする

 適切なスキャニングとボディオリエンテーションの組み合わせは、選手がボールを保持した局面でのスムーズな決断を促す。

 このような態度におけるポイントについて、ある指導者は明快に説明している。

「それは可塑性、つまり選手の適応能力と関係しています。個々の独自性をリスペクトしながらも、組織としてのチームをリスペクトしなければなりません。これは言い換えれば、選手は起こったことに適応しなければならないということです。これは選手個々の課題であると同時に、チームとしての問題解決を求めていきます」

 一方、他の指導者はこのように補足している。

「視覚的、空間的、運動感覚的な賢さの集約によって、選手はゲームの経験知にアクセスすることが可能になります。そして、経験に基づいた判断をすることが可能になります。意思決定をするのに、最高の先生となるのは試合なのです」

 このような認知の理解は、我々指導者が「選手に問題解決を奨励するトレーニングコンディション」をデザインすることを可能にする。5つのキーポイント(参照すべきポイント、スキャニング、ボディオリエンテーション、ポジション、ダイレクトなコンタクト)だけが、選手にとって情報を収集する道具になるのだ。

【Profile】

スワボミル・モラフスキ

若手指導者を積極的に登用するポーランドにおいて、若干30歳でUEFA-Aライセンスに合格した俊英。「認知科学」というアカデミックな知識をした分析と緻密なトレーニング設計に定評がある。大学ではフットボールマネージメントとコーチング、大学院では人的資源活用とコーチングを専攻。様々なクラブでアナリストとして活躍し、ポーランド1部シロンスク・ブロツワフではU-19アシスタントコーチとアナリスト部門のトップを兼任。2020年にはポルトガルリーグ1部のポルティモネンセでアナリスト兼コンサルタントを経験し、指導者教育にも携わっている。欧州では多くのセミナーや大学にも招待され、選手のプレー改善も得意としている。Jリーグの選手とも契約しているなど、活躍の場は多岐に渡っている。

訳者(結城康平)コメント

 今回は「認知地図」を中心に難解な表現が多いが、最も重要なのは「記憶をベースに情報を解釈するプロセス」である。これは若いころから多くのゲームを経験した選手に、状況解決能力に優れた選手が多い理由にもなるだろう。同時に多くのポジションを経験させることのメリットとして、様々な局面を記憶・蓄積させることが考えられる。

ボディオリエンテーションとスキャニングは、グアルディオラを中心にした「ポジショナルプレー」において欠かせない部分になっている。正しい向きでボールを受けることで視野を確保し、次のパスを選択する情報を収集する。そういった意味では、この2つは密接に相互依存していると考えるべきだろう。「遠い足でボールを受ける」という基礎的なボディオリエンテーションは相手のプレッシャーから逃れるだけでなく、死角だったスペースを視認することで次のプレーにスムーズに移行することも助けているのだ。逆に、正しく死角の情報を把握していることがスムーズなボディオリエンテーションの変更を助けるということにも言及しておくべきだろう。

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