「サッカーにおける"賢さ"とは何か?」

今回は、UEFA-Aライセンスを修了したポーランド人指導者、スワボミル・モラフスキの論文を独占公開。認知科学のスペシャリストが語る、サッカーにおける賢さとは?
結城 康平 2020.11.25
誰でも

 スワボミル・モラフスキ。1990年2月18日生まれという、新世代のポーランド人指導者はUEFA PROライセンスの保有という目標に着々と近づいている。今年、UEFA-Aライセンスを取得した彼の修了論文はポーランドのサッカー協会でも関心を集め、担当の指導教官も「若手指導者の為に、世界中にするべきだ」と絶賛された。

 世界中に散る彼の同士たちによって翻訳されている修了論文を、今回は日本語として翻訳する権利を取得。複数人のチームからのサポートを得た翻訳文を、特別に「無料公開」させて頂くことになった。

【Profile】

スワボミル・モラフスキ

若手指導者を積極的に登用するポーランドにおいて、「認知科学」というアカデミックな知識をした分析と緻密なトレーニング設計に定評がある。大学ではフットボールマネージメントとコーチング、大学院では人的資源活用とコーチングを専攻。ハンガリー代表、カナダ代表でもアナリストとして活躍し、ポーランド1部シロンスク・ブロツワフではU-19アシスタントコーチとアナリスト部門のトップを兼任。欧州では多くのセミナーや大学にも招待され、選手のプレー改善も得意としている。Jリーグの選手とも契約しているなど、活躍の場は多岐に渡っている。

Introduction 【序論】

 この数十年で、世界-特に欧州のサッカーが革命的な変革期を迎えたことは明らかだ。現代フットボールは極度にダイナミックなスポーツとなり、適切なアクションを選択する時間は一気に少なくなった。同時に、選手に与えられるスペースも狭くなる傾向にある。現代戦術では「激しいハイプレス」・「複雑な戦術の実践」・「敵陣に侵入するパス」が求められる。

 同時にサッカーは自分の狙いとなる意図を隠しながら、相手の意思決定を予測する情報戦としての側面も兼ね備えている。その情報戦をどのようにプレーするか、は欧州トップレベルのチームにおいても多岐に渡る。その多様性は、我々にとっては大きな挑戦でもある。欧州トップクラスのサッカー戦術に追いつくのは我々東欧の指導者にとっても「不可能に近い」タスクではあるが、それでもポーランドで「西欧学派」と呼ばれるフットボール先進国が持つ強みを理解することには価値があるはずだ。

 我々はトレーニング場とインフラの整備に力を尽くしており、最高レベルのトレーニング設備を有している。大半の活動は記録されるだけでなく、可能な限り詳細に分析されていく。それは後に「基準点」としても機能する。同時に我々は、チームのインテンシティをコントロールしようとしている。

しかし、サッカーにおけるインテンシティとはなんだろう?

欧州のある国で、サッカー連盟のトレーニングディレクターとUEFAのコーチ教育に携わる男は、インテンシティを下記のように表現している。

「インテンシティは、負荷(workload)と過大な負荷(overload)の中間に生じるものである」

 具体的に考えてみよう。負荷には「肉体的、戦術的、精神的な負荷」が存在する。それらの負荷を積み重ねたものが、サッカーの世界における「インテンシティ」だ。しかしながら、インテンシティは単なる「量」ではない。しかし、インテンシティは「量」に依存する側面も持っている。

 試合中の選手が様々な刺激を受けることは周知の事実であり、体力や技術の欠如よりも「判断力の欠如」はミスに直結することが多い。サッカーにおいて、効果的なプレーはパフォーマンスの質を高める。パフォーマンスの質は意思決定に依存しており、意思決定の質は戦術眼と戦術理解力に依存している。

 戦術理解力は収集した情報の量と質によって決まっており、情報は選手の注意力・意識する力(awareness)、そしてどれほど選手が周囲を見えているかによって決まる。アーセナルの元監督、アーセン・ヴェンゲル氏はあるカンファレンスにおいて次のように指摘した。

*awareness:外界の感覚刺激の存在や変化などを意識する能力を指す。「行動を意図的にコントロールするために、特定の情報にアクセスできる状態」だと考えられている。

「サッカーの指導における重大な問題の1つが、選手を教える順番が逆ということだ。先ずはどのようにプレーを実行するかを習って、意思決定や認知については最後に教わることになる。(中略)ボールばかりに意識を集中させてしまい、自分の周囲で発生していることを理解することができないせいで「トップレベルでは通用しなくなってしまった」選手を私は何人も見てきた。選手時代の私は、ボールを持ったときには常に分析・決断してから最後に行動していた。この過程において、知覚 (perception)は重要な役割を果たす。私が辿り着いた1つの真理は、ボールに触る前に出来る限りの情報を集めておくことが重要だということだ。このことを、私は「スキャニング」と読んでいる。(中略) 興味深いことに、平均的な選手はボールを貰う前の10秒間に「3~4回」スキャニングをしているのに対して、レベルの高い選手は倍となる「6~8回」のスキャニングをする。これは、上達における重要なステップとなる。私にとっての挑戦は、選手にベストな選択とは何かを理解させることだ。常にボールを受けたときに最適な決断をしてくれることが、1つの理想となる」
アーセン・ヴェンゲル(元アーセナル監督)

 このような細部は、基準によって定められる。我々がチームとして働く文化や、トレーニングを評価する文脈、環境を無視することは難しい。そう考えると、重要になるのは何をするか(What)ではなく、どのようにするか(How)である。人々は周囲の環境と相互作用しながら生活しており、経験し、失敗し、結論を導くことによって学んでいく。正しい分析を必要とするのが、そのような領域だろう。選手たちは「何をすべきか」だけをガイドラインに従って命じる指導者の下で成長したいと考えるだろうか?もしくは、問題のある状況を用意することでそれを認識し、どのように対処するかを求める指導者を重要視するだろうか?

 今回は「西欧学派」のトレンドに沿って、ゲームの理解、スペースのスキャニング、意思決定といったトピックを考えていこう。我々は「既に完成しており、独立したトレーニング」を用意することで、選手に状況を理解させる習慣を学ばせようとする。人々は意図や意識、チームのアイデンティティーや文化、正しいインテンシティーを簡単に忘れ、「正しいポジションを守れ」「もっと首を振れ」と指示を出す。それも、選手が相手と対面したときに効果的な解決策を探すような文脈と条件の中で。ここで理解しなければならないのが、ゲームの理解とインテリジェントを混同すべきではないということだ。サッカーの理解方法は選手それぞれで異なるが、効果的にプレーすることは「知的に(intelligently)プレーすること」なのだ。インテリジェンスとは、端的に言えば「情報を認知・理解する力」であり、外部の状況に適応する力である。我々は欧州の最先端で活躍する15人のコーチにインタビューし、研究を進めてきた。

 この論文では、インタビューの結果を参考にしながら「サッカーにおけるインテリジェンス」という概念を理解し、インテリジェンスの高い選手を育成する方法を考えていく。この調査に協力してくれた、欧州で活躍するコーチのリストは以下である(敬称略)。ヴィトール・フラデ教授(ポルト大学・戦術的ピリオダイゼーションの提唱者として知られる)、ルイ・サ・レモス(UEFA PROライセンス保有・元ポルティモネンセSC/アシスタントコーチ)、ホルヘ・レイズ(UEFA PROライセンス保有・元FCバルセロナ/コーチ)、ホルヘ・マキエル(元ベンフィカ/U23コーチ)、ヴィトール・セヴェリノ(シャフタール・ドネツク/アシスタントマネージャー)。さらに、ジョアン・トラルハオ(UDヴィラフランクエンセ/監督)、ヌーニョ・マウリシオ(ベンフィカ/パフォーマンス分析部門統括)、アラン・スティール(ブレントフォードB/アシスタントコーチ)、アダム・オーウェン(シアトル・サウンダーズFC/パフォーマンスマネージャー)、高野剛(元ギラヴァンツ北九州アカデミーダイレクター兼U-18監督)、オクタビオ・ザンブラノ・ヴィエラ(元デポルティーボ・パスト監督)、リュバン・パリニッチ(LPNKサッカーアカデミー/ダイレクター)ダン・ミッチェ(アーセナルFCユース/監督)、イアン・コル(PFCルドゴレツ・ラズグラド/スポーツサイエンティスト)、クリス・ヴァン・デル・ヘイゲン(ベルギー代表/指導者教育ディレクター)、コスタス・カトゥラニス(元パナチャイキFC/テクニカルディレクター)。

 知覚プロセスの科学的な複雑性を考慮し、この論文は部分的にノルウェースポーツサイエンススクールのGeir Jordet氏の研究を参考としている。この場を借りて、皆様の協力に感謝の意を示したい。

 先ずは、認知のプロセス、知覚、サッカーにおける文脈に応じたインテリジェンス、トレーニングの指針としての「戦術分析の活用方法」について分析していく。第2章と第3章では、分析とそのトレーニングプロセスにおける活用法について論じる。この研究に協力して頂いたコーチたちのプライバシーを守るため、主として彼らの引用を匿名で公開することとする。調査の考察とコーチの発言とともに、「戦術分析と正しいコンディションでのトレーニングが、どのように選手の効果的で迅速なプレーに繋がるのか」という問いに対する答えを導き出していこう。

訳者(結城康平)コメント

 認知科学からサッカーを理解する思想は、賢いプレイヤーを育てるという観点において重要となる。現代サッカーがフィジカル的な側面に支配されていく流れに待ったをかけたのがペップ・グアルディオラのバルセロナだが、中核を担うシャビやイニエスタはプレー判断のスピードと精度で中盤を制圧。「ボールより速く人は動けない」という大原則に基づくように、ボールをスピーディに動かすことで相手を翻弄した。

 日本でも、賢い選手の育成は重要視されている。内田篤人や遠藤保仁は好例だが、ピッチの状況を正しく把握しながらボールを動かす選手はチームの中核となる。ただ一方で、最も難しいのが「賢い選手を育てること」だ。首を振ることを奨励するのは簡単だが、情報を集めることだけでは足りない。選手は情報を集め、それを認識・理解し、最終的にプレーとなって表出する。コーチは一部しか見えていないので、脳内のプロセスを改善するコーチングは永遠の課題だ。

 今回は友人でもあるポーランド人指導者モラフスキ氏の論文から、サッカーにおける「賢さ」という永遠のテーマを考察した。イントロダクションから難易度は高いが、是非全てを読んでみて貰いたい。また、補足として彼の分析記事や研究に参加したポルトガル人指導者ルイ・サ・レモスのインタビューなども是非ご一読頂ければ、理解が深まることだろう。

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