「サッカーにおける"賢さ"とは何か?」1-1「"賢さ"の特性とプロセス」

今回は、UEFA-Aライセンスを修了したポーランド人指導者、スワボミル・モラフスキの論文を独占公開。認知科学と指導のスペシャリストが語る、サッカーにおける賢さとは?*相当のボリュームがあるので、今回は1章の前半を配信します。
結城 康平 2020.12.02
誰でも

1. The concept of 'intelligence' in football - characteristics, development process. 「サッカーにおける賢さ」というコンセプトの特性、発展のプロセス

 世界中の指導者が「賢い選手と働くことを望み、結果的に選手のポテンシャルを『賢さ(インテリジェンス)』という指標で評価する一方、フットボールというスポーツの文脈において「賢さ」というコンセプトが明確に定義されているか否かは意見の分かれるところだろう。

 実際、知性(intellect)と賢さ(intelligence)の間には明確な「定義上の違い」が存在している。

 Psychology Today(現代の心理学)の著者Graham  Collierによれば、我々は知性(intellect)を「認知-知るという活動を構成する精神的なプロセス」と定義している。そこには認識する能力、分析する能力、記憶する能力、カテゴリーに分別する能力などが含まれる。このように、感覚器官によって知覚された何かしらの意図や身体的特徴は、客観的な事実や外的環境を理解することに使われる。

「賢さ」は前述したようなプロセスではなく、それ自身が権利を持つ「精神的な才能」だ。意識の機能に導かれるように、賢い選手は事実の先へと進んでいく。例えば意味や目的を示唆し、一連の行動を決定すること。それこそが「感情の覚醒」をトリガーとする、意識のレベルだと考えられている。ここで述べる「感情の覚醒」とは、全ての認知に関連する心理学的な現象だ。感情や感覚によって導かれる思考は、常に外界からの感覚的な刺激をベースにしているのではなく、内的に構成された抽象的なアイディアや意識を超えた思考なのだ。


 要するに、人々がどのように感じるか?というプロセスと感情の強さが、彼らが事実をどのように評価し、行動するかという部分に直結しているのだ。

 それ故に、我々はフットボールにおいて「2つの分離されたメソッド」を使う可能性に直面している。選手の育成において最後のフェーズだと考えられることが多い「組織的にフットボールを理解し、効果的にプレーするフェーズ」において、その課題は深刻だ。

 指導者に準備されたシナリオに沿った「再生産的」なトレーニングは、指導者によって提示された解決策をプレイヤーに選択させる。例えば記憶をベースとしたトレーニングは、不自然な環境で知性(intellect)的なプレーをすることを求めていく。それに対し、時間とスペースを制限されたゲーム形式のトレーニングでは、選手が文脈に沿った選択をしなければならない。そのようなトレーニングは、ゲームにおけるインテリジェンスの発展を助けるはずだ。それでは、この研究に参加してくれた指導者たちはどのように解釈しているのだろうか?


 インタビューに参加してくれた、欧州屈指のアカデミーで育成に尽力するコーチは「フットボールの文脈における賢さ」を次のように表現した。

「ピッチ上の特定のシュチュエーションという文脈を理解する能力であり、それはボール、チームメイト、相手、スペースを考慮しなければならない。それは、どのエリアで、何故パスを選択するのかという認識であり、どのようにチームに優位性をもたらすかという能力だ」
研究参加者(アカデミーコーチ)

 しかしながら、別のコーチは少し異なった角度から「賢さ」を解釈している。

「私にとって、フットボールインテリジェンスとは『全てのゲームアクション』として現れるものだ。多くの指導者は、インテリジェンスとフィールドでの判断能力を認知的な観点から関連づける。しかし私の考えでは、選手の判断は様々なインテリジェンスに影響を受けている。例えば、感情的な許容量は判断能力において不可欠だ。感情のコントロール能力やタスクに集中する能力が無ければ、正しい判断は不可能になる。同じ論理で考えれば、選手の社会性はチームメイトとの連携プレーを助けている。これもアクションの効率と効果に直結する要素となる」
研究参加者(コーチ)

 コーチとして、選手の賢さを正しく刺激するには「認知プロセスの初期段階」を知らなければならない。認知プロセスは、「賢さ」の発展における基礎となるのだ。

 認知プロセスは、人間に「環境適応能力を与える」内的なプロセスだ。そのプロセスによって、選手は外部の情報を得ることで知識を蓄える。同時に、自分たちのことを知ることも「外部を知る」ことによって可能となる。

 システムの基盤となっているのが、知覚だ。知覚は我々が生まれた瞬間から、神経系の外側にある世界との接触を可能とする。知覚を司るのは、初期的な精神プロセスの基礎となる感覚器官として知られる神経生理学的なシステムだ。感覚システムは神経系の一部であり、それは感覚器官(受容体)、神経経路、大脳皮質によって構成されている。

 感覚システムは、初期的な精神プロセスの成立を助けている。知覚プロセスは感覚器官による刺激の受容、正確に言えば特定の刺激に対応する神経細胞(受容体)によってスタートする。ここで、覚えておいて欲しいのが「物理的なエネルギーや音、光などの刺激の知覚は、受容体によって生体電気的なエネルギーに変換され、それが脳に刺激を与えるということ」である。

 感知は、最も単純な内的プロセスだ。それは外的な刺激(色・匂い・音・形・熱など)を感じるものだ。このステージは感知から物質を知覚するという意味で「ボトムアップ」のプロセスと表現されることもある。

 結果的に、我々の心の中で観察というフェーズが生じる。これは感覚によって描写された物体を、包括的に理解するものだ。このステージでは、私は物体が何かを知っており、描写することが可能だ。ここで学ぶべきことは、人間は周囲の世界からしか知識を得られないということである。

 そう考えると、知覚した物体に意味を与えるのは2つめのステージだ。こちらは、「トップダウン」のプロセスとも呼ばれる。感覚的な受容によるイメージと記憶に基づく情報が食い違う状況が、頻繁に発生することになる。

 思考という活動が精神的な情報に意味を与え、それらは名前を得ていく。このステージまで到達すれば、「これは何?」「何のために使われるの?」といった質問に回答することは難しくない。固定化された認知を土台にした経験は、状況の変化に影響されないことで認知的なエラーを防ぐ。しかし、一方でエラーの原因となるリスクも抱えている。

 認知プロセスは、人々が目標に向かって活動するときに発展する。だからこそ、認知能力の向上にはそのような活動による刺激が求められる。子どもたちの認知能力を高めるには、彼らが認知能力を必要とする機会を用意することが効果的だ。操作的・建設的なアクティビティーは適しており、「お絵描き」「音楽鑑賞」などが例となる。教育の段階と年齢に応じて、徐々に高難易度な目標が定められていく。

 観察を言語化するスキルは、幼少期の認知における不可欠な要素だ。このステージにいれば、彼らがどうやって認知プロセスとフットボールをリンクさせているかを理解することが可能になる。つまり指導者から効果的に問題を解決しなければならない環境を与えられた選手が、どのように認知プロセスを活用しているのかを推測出来るのだ。

 図1は、認知学的な意思決定のプロセスを示している。このような知識によって、我々は意思決定が個々の効果的なプレーとチームとしてのアクションにおいて、欠かせない要素だと主張することが可能となる。  

図 『説明』…外的な情報を認知し、記憶と比較した後に「左のルート」は「ポジティブな印象」、「右のルート」は「ネガティブな印象」として次のフェーズに繋がっていく。「左のルート」は意識によって理解→決定→解決策に繋がる正解となるが、右のルートは意識の不足が単なる「反応」となってしまう。

【Profile】

スワボミル・モラフスキ

若手指導者を積極的に登用するポーランドにおいて、若干30歳でUEFA-Aライセンスに合格した俊英。「認知科学」というアカデミックな知識をした分析と緻密なトレーニング設計に定評がある。大学ではフットボールマネージメントとコーチング、大学院では人的資源活用とコーチングを専攻。様々なクラブでアナリストとして活躍し、ポーランド1部シロンスク・ブロツワフではU-19アシスタントコーチとアナリスト部門のトップを兼任。2020年にはポルトガルリーグ1部のポルティモネンセでアナリスト兼コンサルタントを経験し、指導者教育にも携わっている。欧州では多くのセミナーや大学にも招待され、選手のプレー改善も得意としている。Jリーグの選手とも契約しているなど、活躍の場は多岐に渡っている。

訳者(結城康平)コメント

 強い選手や速い選手も魅力的だが、フィジカルだけではない「賢さ」で相手を翻弄するプレイヤーはチームにとって重要だ。内田篤人や遠藤保仁、長谷部誠のように多くのプレイヤーはそれを証明してきた。特に内田篤人は、スピードと1vs1のフィジカルが重視されるサイドバックというポジションで「賢さ」を発揮。その圧倒的な思考力は、現代フットボールを先取りしていた。

 ポーランド人指導者モラフスキ氏の論文における第1章は「認知科学」の基礎的な内容となる。特に重要視したいのが、「知性」と「賢さ」の差だろう。これは日本語にすると難しくなってしまうので、簡単に例を示したい。例えばチームのMFに、とても視野が広い選手がいたとする。彼は周りの情報を得ることに長けており、ボールを失うことは少ない。しかし、効果的なパスを出せるかというと必ずしもそうではない。これが認知能力に優れた「知性」のある選手だ。「賢い」選手は、その先にある解決策まで到達する「内的プロセス」の複雑性を武器にしている。彼らは単に視野が広いだけでなく、常に状況の打開策を探しているのだ。相手が最も嫌がるスペースを狙い続けるイニエスタやシャビは、まさに「賢い」選手だろう。

同時に育成への大きなヒントとして、論文中の図では「記憶」というワードを提示している。経験したことのある局面が多いほど適応力は高くなる傾向にあり、だからこそ試合経験は選手にとって重要視される。ビエルサの思想に近いが、「トレーニングのバリエーションを増やすこと」は「選手の認知的な引き出しを増やす効果」も期待できる。

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