「サッカーにおける"賢さ"とは何か?」1-2「"賢さ"の特性とプロセス」

「何故サッカーコーチは、選手に『集中しろ』といってはならないのか?」という疑問を解決する、認知学的な分析をお楽しみください。

今回は、UEFA-Aライセンスを修了したポーランド人指導者、スワボミル・モラフスキの論文を独占公開。認知科学と指導のスペシャリストが語る、サッカーにおける「賢さ」とは?

*相当のボリュームがあるので、今回は1章の中編を配信します。
結城 康平 2020.12.09
誰でも

 周囲を観察するプロセスや、外的な刺激自体は「効率的な意思決定と行動」と同一ではないことは明白だ。過去にも述べている通り、選手の行動は蓄積された記憶によって決定されていく。

 だからこそ、選手にとって重要となるのが知覚し、複雑で難しい局面を適切に理解する能力だ。このような能力を育むには、「ガイドされた探求 Guided exploration”* 」が最適だろう。これはトレーニングの状況を実際の試合に可能な限り近付け、選手の問題解決を助ける手法だ。ここでは、コーチが選手にやるべきことを伝えるのではなく「選手自身が自らの決断でゲームを変えられること」を経験・自覚させることが鍵となる。

Guided exploration…サッカートレーニングの論文などでは稀に目にする単語だが、主に教育学などでも使われている手法である。単に自由に探究させるのではなく、指導者側がある程度の教育目標を習得するように「サポートすること」がポイント。こういった文脈において、コーチは単に授業をする「先生」ではなく選手の「アドバイザー」に近い役割を果たすことが多い。

 このような成功体験は長期的な学習効果の向上に繋がり、同時に選手の自己肯定感や自信、アクションの質を高めることも期待される。トレーニングプロセスは、「ポジティブな経験」を目指して計画されていく必要があるのだ。

 試合でも経験する刺激をトレーニング中に用意することは、選手が記憶をベースに試合を解釈することを可能にする。そのようなトレーニングだけが、選手に「注意深く、文脈を形作る要素を理解すること」を助けるのだ。

選手は単なる刺激として情報を受け取るのではなく、自らのスキルと過去の経験から効果的な解決策を導いていくことを忘れてはならない

 研究に参加したあるコーチの言葉を借りれば、

「プレイヤーAが、オプションAとオプションBのどちらかを選択しなければならない状況にいると仮定しましょう。その場合、サッカーインテリジェンスの成長は直線的であり、静的なものになってしまいます。では、プレイヤーBのケースをイメージしてみてください。彼は味方と敵が準備された局面で、様々な選択肢から自らプレーを選ぶことが可能な状況にあります。一方で、彼はプレイヤーAよりも複雑な問題を解決しなければなりません。話は逸れますが、1つ例を考えてみましょう。あなたが「どちらが最高のドライバーなのか?」と問われたとします。1人は広大なアリゾナを何百マイルも走破するドライバー、1人は車やバイクが狭いエリアで密集するムンバイの街中で複雑な状況に常に対応しなければならない二輪ドライバー。この2人に順位をつけるのは、難しいのではないでしょうか。要するに、環境が我々の知覚を形式化していくのです。時間やスペース・競争というプレッシャーを浴びた特定の局面で、効果的な行動を選択することが効率性なのです」

 どのような状況に遭遇し、どの程度ミスを経験するのか。我々は誰かの指示を実行するだけなのだろうか?それとも、経験をベースにしたフレームワークを用意された環境で学んでいるのだろうか?

 研究に参加した指導者の1人は、下記のように説明している。

「様々なゲームの局面に直面したとき、サッカー選手は選択可能な解決策を評価することで決定しなければなりません。この評価という行動は、導き出された解決策よりも優先されるべき能力です。そして評価を蓄積することが、意思決定になります。評価能力と意思決定能力は直接的に関係しており、チーム全体のパフォーマンスを効率化させる鍵となっています」

 また、別のコーチは明白に「賢さという能力」について説明している。

「意思決定能力こそが、一般的な選手とトップレベルの選手の間に存在する壁です。指導者にとって、トレーニング中に『選手がサッカーIQを振り絞らなければならないような状況を整備する』ことが何よりも重要なのです。それこそが、選手にとってピッチでプレーするときに状況を理解し、戦術的・技術的な行動を選択し、身体をコントロールし、精神的に正しい反応をすることを可能にしています

 もう1人の指導者は、意思決定能力を下記のように定義する。

サッカーにおける、全てだ。テクニックに優れた選手、戦術に優れた選手、フィジカルに優れた選手・・・誤った判断をしてしまえば、全ての優位性を失ってしまう

図2は、どのようにサッカーにおける意思決定が機能するかを示している。

fig. 2 - Decision making process in soccer Prepared by: Sławomir Morawski, Analysis and Cognitive Aspects in Football, 2018

fig. 2 - Decision making process in soccer Prepared by: Sławomir Morawski, Analysis and Cognitive Aspects in Football, 2018

. *1.「知覚」情報を収集する → 2. 「分析」収集した情報を分析する → 3. 「決定」リスク評価し、決断する → 4. 「行動」 → 5.「適応」 行動を評価する  → 6. 「効率評価」 効率性を評価し、次の情報収集に活かす

 選手がどれくらい広い視野を持っていて、サッカーを知っているかは1つの重要なポイントだ。しかし、その知識をどのように使いこなすかは別の問題だ。例えば指導者は「顔を上げて継続的に首を振り、オープンな状態でボールを受ける選手に満足してしまう」傾向がある。サッカーのトレーニングにおいて、最も軽視されやすい側面は「意思の説明」だ。これは全ての意思決定において、必要な要素だ。もし彼らがプレーにおける指針を持たないとすれば、どのように選手は試合を知覚し、情報を収集するのだろうか?

 知覚というプロセスは単なるツールに過ぎず、指導者のタスクは「選手が試合中にそのツールが必要だと感じさせることによって、使用を促す」ことだ。意思決定のプロセスを知り、それがどのようにインテリジェンスの基礎を支えているのかを知ることで、我々は次の質問に答えられるようになる。「試合と情報は、どのような局面で選手によって決定されるべきか?」「ボールを持った時に、効果的に次のアクションを選択するときに選手にとってどのような情報が必要であり、それはどのように収集されるべきなのか?」

 チームスポーツとしてのサッカーは、4つの局面で解釈されることが多い。この局面に合わせて、選手は常にプレー選択を変えていかなければならない。

 実際のところ、サッカーというスポーツにおいて「ボールの動きから逃れること」は難しい。ボールはサッカーにおいて最も欠かせない要素であり、一般的な選手の脳はボールだけを強く意識してしまう。これは選手にとって、幼少時から刷り込まれた習慣だ。彼らは自己中心性に支配された時期からボールを追いかけており、初期の世界にはボールと自分だけが存在している。少年たちは自らを表現することに慣れており、ボールを持てば一直線に相手へと向かっていく。

 しかしながら、11vs11のゲームでは選手に求められる役割が複雑化していく。そのような状況で、延々と個々がボールを追ってしまうと試合が成り立たない。そう考えると、1つの疑問に答えていく必要があるはずだ。選手が自己中心的なステージにいる場合、どのように選手たちは効率的にプレーすることが出来るのだろうか?

ある育成年代の指導者は、下記のように述べている。

意思決定のプロセスにおいて、全ての構成要素は平等に重要です。ただし、それらは全て異なっています。もし情報のスキャンが正確でない場合、正しく選択することは難しくなってしまう。もし個々の意思決定がチーム戦術と適合していない場合、選手はチームメイトと噛み合わない。意思決定の効率が悪ければ、それも失敗に繋がるはずです。もし意思決定の結果が伴わなければ、結果はネガティブなものとして判断されてしまうでしょう。最も意思決定において難しいのが、選手が収集した環境の情報を、どのように解決策として使うかという部分です。どのように選手はスペースを予測し、時間を理解しているのでしょうか?」

 そのような観点から考えれば、サッカー選手が組織的な文脈を無視することは難しい。複雑な環境でサッカーを教えるというプロセスは、選手に適切なレベルの意識(awareness)を持たせることに役立つ。

 私が意識的に集中力(concentration)という言葉を避けるのは、集中という概念は意識(awareness)の真逆だからだ。集中というプロセスは環境から特定の情報を優先して選択するが、それは主観的な判断をベースとしていることからミスを誘発しやすい。

 研究に参加してくれた指導者の1人は、サッカー選手の効率性を次のように表現している。

  「見る能力、認識する能力、予測する能力、正しいパスや動き、行動を選択する能力。そして同時にパスや動きは、正しいスピードで正しいスペースに向かうものでなければなりません。当然、それには正しい情報を集めることで局面を把握する能力が求められます。結果として適切なテクニックや行動を決定することで、選手は求める結果を得ることになるでしょう。この決定は選手が過去の経験や学びによって培ってきた「賢さ」に依存しており、選手がどのように記憶の中から情報を引き出すのかという部分に関わっています。過去のトライ&エラーや自己の反省などを通じて、彼らは無意識のスキルを磨いていくのです」

【Profile】

スワボミル・モラフスキ

若手指導者を積極的に登用するポーランドにおいて、若干30歳でUEFA-Aライセンスに合格した俊英。「認知科学」というアカデミックな知識をした分析と緻密なトレーニング設計に定評がある。大学ではフットボールマネージメントとコーチング、大学院では人的資源活用とコーチングを専攻。様々なクラブでアナリストとして活躍し、ポーランド1部シロンスク・ブロツワフではU-19アシスタントコーチとアナリスト部門のトップを兼任。2020年にはポルトガルリーグ1部のポルティモネンセでアナリスト兼コンサルタントを経験し、指導者教育にも携わっている。欧州では多くのセミナーや大学にも招待され、選手のプレー改善も得意としている。Jリーグの選手とも契約しているなど、活躍の場は多岐に渡っている。

訳者(結城康平)コメント

 より基礎的な内容から、多くのインタビューを引用しながら実践的な内容に入っていく。第1章の中編では、欧州トップクラスで活躍する指導者の示唆的なコメントが続いている。あえて抜粋するとすれば、「意思決定のベースとなる評価」という視点は面白い。賢い選手は正しく局面を評価することに長けており、わざわざ分の悪いギャンブルをすることはない。ダビド・シルバは典型的だが、相手の組織が崩れていないときにはシンプルにボールを動かすことで好機を待つ。そのような評価を正確にしていく上で、1つ重要になるのが試合を観戦することだろう。俯瞰でピッチを見渡すことに慣れれば、選手は自分がプレーしている状況を大局的にイメージすることが可能になるはずだ。

同時にモラフスキ氏の論文内で注目したいのが「集中力」という言葉の否定である。恐らく多くの指導者が「集中しろ!」と選手に声をかけているのではないかと思うが、モラフスキ氏は「集中」という言葉が情報を取捨選択するプロセスであることに着目し、それが視野を狭くするリスクを指摘している。情報の取捨選択は守備の局面などでは重要になることもあるが、視野狭窄に陥るリスクを把握しておくことには価値がありそうだ。選手を集中させることで、実は彼らから選択肢を奪っているかもしれないのだ。

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皆様のアイデアを参考にしながら、更に「面白い展開」に繋げていければと考えているので、よろしければご回答お願いいたします!

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